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昔はこんな薬もありました 6

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~ 『がまの油』他 ~


このシリーズではこれまで内服ワクチンや市販されていた覚醒剤、チョコレートの虫下しや孫太郎虫などをご紹介いたしましたが、今回は(その6)として軟膏製剤の『がまの油』『水銀軟膏』『血の池軟膏』の3点を取り上げてみました。『がまの油』は似たものが現存していますが、『水銀軟膏』『血の池軟膏』はいずれも生存未確認、ほとんど絶滅に近い貴重種です。



1. 『がまの油』

  • [舞台]:祭礼の幟の立つ とある神社のお祭り。
    [配役]:絣袴(かすりばかま)に白たすき、ほう歯に白鉢巻きの香具師(やし)とその他大勢。
    がまの油 がまの油 がまの油

    “さあさあお立ち会い、ご用とおいそぎの無い方は、ゆっくりと聞いておいで。”

    (一部略)

    “さてさてお立ち合い。手前ここに取りいだしたるは、軍中膏は四六(しろく)の蝦蟇(がま)だ。”

    “蝦蟇と申してもただの蝦蟇と違う。これより西に何百里、関東は筑波山の麓(ふもと)で、おんばこという露草を食って育った四六(しろく)の蝦蟇(がま)だ。 四六五六はどこで見分ける。前足の指が四本、後足の指が六本、合わせて四六の蝦蟇。 山中深く分け入って捕らえましたるこの蝦蟇を四面鏡の箱に入れたる時は、蝦蟇がおのれの姿に写るを見て驚き、タラーリ、タラーリと脂汗を流す。 これをすき取り、柳の小枝にて三七(3×7=)二十一日の間トローリ、トローリと煮詰めましたるがこの蝦蟇の油。さあどうだ。”

    “この蝦蟇の油の効き目はひびにあかぎれ、しもやけに、まだある、虫歯の痛みもピタリと止まる。前にまわってインキンタムシ、後ろにまわって出痔にいぼ痔に走り痔、脱肛、はれもの一切。そればかりかまだある大事なものが残っている。刃物の切れ味も止める。”

    《ここで香具師は派手に三尺の大刀を抜き放つ。》

    “とり出だしたる夏なお寒き氷の刃(やいば)
      一枚の紙が二枚。二枚の紙が四枚。四枚の紙が八枚・・・。


    《きりがないので一部略。香具師は一面に紙吹雪をちらす。
    観客おどろく。口上一段と熱を帯びる。》

    “これなる名刀も、ひとたびこの蝦蟇の油を塗りたる時はたちまち切れ味ピタリと止まる。 押しても引いても切れはせぬ。と言うてもナマクラになったのでは無い。ほれこのように拭き取る時はもとの切れ味となってこの通り。”

    《自らの腕に刃を当てると真っ赤な血がしたたり落ちる!!!
    観客またまたおどろき後ずさりする。》

    “だがご心配無用。蝦蟇の油、グッと一塗りつける時はタバコ一服吸うか吸わぬ間に血はピタリと止まる。
    さあさあさあ。蝦蟇の油の効能が判ったら遠慮は御無用。普段は◎◎のところを、今日は特に破格の値段!
    男は度胸、女は愛嬌、(;現代では逆。)山でうぐいすホーホケキョ。 筑波山のてっぺんから真っ逆さまにとびおりた思い。半額の○○でどうだ。どんどん買って行きやがれ。さあ買ったり買ったり。”


    ** 補 遺 **
    ■ 蝦蟇(がま)の油
    ・蝦蟇(がま)の油のおおもとは、伝説によると筑波山の中腹にある中禅寺の住職・光誉上人が大坂夏の陣に徳川方として従軍、戦傷者の手当てに使った陣中薬が良く効いて評判となり、この光誉上人の顔がなんと蝦蟇(がま)に似ていたところから“ガマ上人の油薬”としてもてはやされ、後々『ガマの油』として有名になったものです。上人別名“筑波の蝦蟇将軍”。つまり『ガマの油』の名前の由来は顔が蝦蟇に似ていたためで薬効成分としての蝦蟇や蟾酥(センソ)とは無関係ということになります。
    ■ 香具師(やし)
    ・香具師(やし)とは江戸時代から続いた露店販売業の一種で、初詣や祭礼、盛り場などで居合い抜きやその他さまざまな剣技を見せては人を集め、蝦蟇の油などの薬や歯磨粉、最近ではバナナなどを売った職業。
    ・香具師(やし)という呼び名は戦国時代に敗れた西軍豊臣方の浪人武士たちがしのぎの足しに薬を売り歩いたので「薬師」からきたとの説もあり、客寄せのためにちょっとした武芸も披露したのがルーツとも言われております。
    ・現在香具師(やし)が露店で医薬品を販売するとその香具師が元薬剤師であっても無免許販売、無許可販売の薬事法違反で捕まるので、あくまでも芸(;芸術ではない。)としての価値があります。
    ・蝦蟇(がま)の油については光誉上人の死後7、80年たった頃、新治村永井の極道者の兵助(ひょうすけ)が、村を飛び出し江戸に出たがたちまち食いつめ、故郷を一目見てから死のうと筑波山に登ったが、山頂ででくわした兵助の十倍もある蝦蟇に諭され一転奮起、蝦蟇に助けられた兵助は『ガマの油』を江戸で広めんと口上を工夫、浅草寺の境内はじめ方々で売り始め大当たりしたと伝えられるもので、現在第18代永井兵助なる名人が生存しておられます。また『ガマの油』の口上は流派、地方により微妙に異なっております。
    ■ おんばこ
    ・オオバコ、車前草のこと。車前草とは車(自動車でなく牛馬、時には人が引く大八車など)の通る道端の輪のほとりに生える草との意味で、オオバコとは大葉子でその葉が大きいことの意味。民間薬的には生の葉をあぶってカスリ傷や火傷、おでき、腫物などに用いられるが、漢方では車前というと種子の車前子のことで医療用でも牛車腎気丸に用いられている。
    ・オオバコの方言でカエルグサ、ゲェロッパなどがあるが、これは悪童が蛙をいじめて失神状態にさせても、オオバコの葉っぱをかけておくと何時の間にか元気をとりもどして逃げて行くことに由来しており蝦蟇の油の口上に蛙と関連のある薬草を登場させるところは庶民心理をよく捕らえております。
    ・なお蝦蟇はハエなどの虫類を捕食するのでオオバコは食べません。
    ■ 四六(しろく)の蝦蟇(がま)
    四六の蝦蟇 四六の蝦蟇 ・蝦蟇の指は四六(しろく)が正常で奇形ではありません。5本・5本ある方が異常。 つまり前脚には5本分の骨があるが退化して4本に見え、後脚は5本のうち1本に瘤のような突起があるので6本に見えるのが普通です。
    ■氷の刃(やいば)
    ・本当のところは一本の太刀に切れる所と、なまくらな所があるような細工がしてあったようです。よって逆にすると大変です。
    ■四面鏡の箱・脂汗を流す
    ・蝦蟇(がま)の分泌毒素センソの研究で学位を取った井川俊一先生によると、このような箱に入れても油を絞ることは出来なかったとのこと。
    ・しかしながら棒で突っついたり突然驚かすなどの刺激を与えると目の上の小さな瘤の分泌線から牛乳様の汁が飛び出す。これが目に入ると失明するし蝦蟇(がま)を噛んだ犬が死ぬこともあり、センソはこれを固めたもので近年研究が進み強力な薬効が確認されています。
    ■蟾酥(センソ)
    ・一匹の蝦蟇の耳下腺・皮脂腺から約2mg取れる分泌物を固めた蟾酥(センソ)は、古くからその強心作用を救心や六神丸などに配合して利用してきましたが、近年モルヒネを凌ぐ鎮痛作用が発見されました。他にも局所麻酔作用、止血作用もあり本当に蝦蟇(がま)の油に蟾酥が入っていれば香具師(やし)の口上はうなずけるものがあります。
    蝦蟇(がま)の油 ・しかしながら特例販売業として筑波山の土産物店で売っている蝦蟇の油には蟾酥は入っていません。
    ・戦前蝦蟇(がま)の油を作っていた筑波神社の話しでは本物の蟾酥入りの蝦蟇(がま)の油を作っていたが、戦後は規制のため止めてしまったとのこと。一方『陣中膏・一名蝦蟇(がま)の油』を販売していた山田屋薬局によると、筑波神社の奉賛会で以前売っていた貝殻入りの「蝦蟇(がま)の油」は調べたらワセリンみたいなもので問題があり、だからウチで“正しい軟膏”を作り、地元の名物の意味を込めて『蝦蟇(がま)の油』の名前をつけたので評判はいいとのこと。
    ・つまりは少なくとも現代では蟾酥(センソ)入りの『蝦蟇(がま)の油』はこの世に存在しておらず、しかも上記老舗の山田屋薬局も1998年に倒産してしまいました。
    ・現在他社の作っている『蝦蟇(がま)の油』が土産物(おまけの印籠付き)として売られていますが、写真の『陣中膏・一名蝦蟇(がま)の油』は倒産した山田屋薬局のもので今となっては貴重品です。 なお、山田屋薬局の『蝦蟇(がま)の油』の成分はエピネフリン液(:血管収縮作用がある。)、紫根、ホウ酸、酸化亜鉛、ミツロウ、オリブ油で、エピネフリン液が入っていることから止血効果はうなずけるものです。
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2. 『水銀軟膏』

  • 「たこの吸いだし」で有名な町田製薬はかつて「ホウ酸軟膏」『水銀軟膏』も作っていましたが、どちらも局方からの削除に伴い製造を中止しました。(赤チンと同様に土壌の水銀汚染の懸念も理由にあったようです。)
    〔「ホウ酸軟膏」は10局(~昭和61年・1986年)まで、『水銀軟膏』は6局(~昭和36年・1961年)まで収載されていました。〕
    ケジラミには現在では「スミシリンパウダー」という結構なものがありますが、昔は『水銀軟膏』しか無く、ましてや日本薬局方収載品とあって絶大な信用があり、とくにしもの毛虱に悩む諸賢諸公(諸姉)のお役に立ったものです。実際に効きました。

    水銀軟膏 水銀軟膏 写真は町田製薬の『水銀軟膏』と戦前の東京市で作られていたコロイド水銀10%の『水銀軟膠』です。 効能書によりますと町田製薬『水銀軟膏』は値段は10g100円でHgをなんと32~34%含有しています。使い方は毛根に丁寧に塗って30分位で洗い流し、2~3回繰り返します。毛虱の卵が付着している場合にはさらに3~4日後に1回塗り、卵は1~2週間で孵化するのでその頃にさらに1回追加塗擦します。 使用にあたっては注意として指輪をはすずように書かれてあります。 (何故でしょうか?)

    水銀軟膠 水銀軟膠 一方『水銀軟膠』の方は芝區高輪にあった原澤水銀研究所が開発した10瓦35銭のコロイド軟膏で陶器、コルク栓の容器に入っております。毛虱のほか、水虫、疥癬、はじめ湿疹や円形禿頭症にも効き目があったようです。




3. 『血の池軟膏』

  • 説明の必要のない程衝撃的な名称、デザインの軟膏です。 (個人的には血の池と軟膏の間に地獄を入れて『血の池地獄軟膏』とした方が売れたのではないかと思案しております。)
    作っている場所はかの有名な温泉所、湯治場の別府の江上堂です。
    しかもその成分は、
     血の池地獄鉱泥(旧八局)、イオウ、モクタール、黄色ワセリン
    で、茶褐色の温泉のような匂いのする軟膏です。
    温泉の土を使った軟膏ということ以上に旧日本薬局方(八局;昭和46年~51年)に鉱泥が収載されていたことは大変な驚きであります。
    なお、田虫、水虫、しらくも、疥癬、がんかさ、はたけ、霜やけ、やけど、肛門ただれ、ひび、あかぎれに効き目があるようで、つまりは温泉を塗ったようなものと思われます。
    信じることが大切です。
    血の池軟膏 血の池軟膏


( 参考文献 )
  ・江戸の妙薬 岩崎美術社     ・日本の名薬   八坂書房
  ・名薬探訪  同時代社       ・伝統薬の事典  東京堂出版
  ・マッカーサーと征露丸 芸文社  ・懐かしの縁日大図鑑 河出書房新社
  ・日本薬局方              ・原色和漢薬図鑑 保育社
  ・本草網目


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