置き薬・くすり屋のおまけ・景品シリーズ 15
~ 模型(プラモデルを中心として) ~- 前回のこのシリーズでは一流雑誌に掲載された薬の広告を御紹介いたしましたが、今回は戦後のプラモデルを中心とした模型です。
- 組み立て玩具(おもちゃ)の一例としてはすでに『薬と歴史シリーズ』“戦争と薬の広告・景品2”で液体栄養剤「ポリタミン」の景品の“装甲車の紙製組立て”玩具(おもちゃ)を取り上げました。
「紙製組立て装甲車」
- ここまで豪華でなくとも「愛国ホルゲン」や「感應丸・六神丸」「ズバリ」のような簡単な折り紙のような紙製おもちゃは価格も安く宣伝効果もあることから多く作られました。
「愛国ホルゲン」
「感應丸・六神丸」
「ズバリ」
- さらに型紙より切り抜いて組み立てる「固形浅田飴・浅田飴」や「ジンタンガム号」のような紙製おもちゃも図画工作の教育効果もあることから薬のおまけに限らず多くが作られ、今でも骨董市に多く出回っています。
「固形浅田飴・浅田飴」
「ジンタン ガム号」
- 模型というと実物と同じように動く(飛ぶ)という点から飛行機の模型は人気があり、(自分も航空ファンの一人ですが)1903年(明治36年)のライト兄弟の初飛行よりわずか5年後の1908年(明治41年)には日本に輸入されており、なんとそれは代々木の練兵場で日野・徳川両大尉により我国で初めて本物の飛行機が飛んだ1910年(明治43年)よりも2年も早かったとのことです。
- 現在では模型というとコンビニでも売られているような実物をそっくり縮小したダイカストモデルが一般にも広く安価に普及していますが、かつては模型飛行機というと上記のような紙飛行機からはじまって、紙と木や竹から出来た動力にゴム紐を使ったゴム動力模型、エア・エンジンやガソリン・エンジンのUコン、ラジコン飛行機などと進化しましたが、Uコン、ラジコン飛行機はいまでいうマニア的な模型飛行機で高価なため景品にはなりにくく、次の「アリナミン号」のようなその手前のゴム動力模型あたりまでが実際に飛ばせる模型飛行機のおまけの限界のようです。
「アリナミン号」
- 次に昭和30年代に入りプラスチック製品の普及が始まりますと、おまけにもプラスチック製のおまけが作られることになります。
「ハイグレラン錠」
「ドキシン錠」
「ハイグレラン錠」
そして国産プラモデル(:和製英語)第一号の昭和33年(1958年)12月のマルサンの潜水艦『ノーチラス』を皮切りに日模(ニチモ)、三共、三和、イマイ、タミヤ、ハセガワ、アオシマ、フジミ、エルエスなどの数多くのメーカーが登場、その中には今も現存し世界でトップクラスの製品を作り出しています。
次のコレクションは昭和40年代~昭和50年当時と推察される薬メーカーのプラモデルの景品です。 その模型としての精密さは現在のコンビニでも売られているダイカストモデルにもはるか及びませんが、これらをはじめ当時のプラモデルの箱絵(ボックスアート)は小松崎茂をはじめとする錚々(そうそう)たる絵師たちが描いて製品の魅力を高めており、ボックスアートには現在でも多くのファンやコレクターがおります。
「零戦」
「紫電改」
「隼」
「疾風」
「0戦」
「フェラーリ」
「機関車」
「特急メラード号」
〔参考文献〕
・「日本プラモデル興亡史」 井田 博 著 (文春文庫)
・「20世紀のプラモデル物語」 平野 克己 著 (大日本絵画)
・「日本プラモデル興亡史」 井田 博 著 (文春文庫)
・「20世紀のプラモデル物語」 平野 克己 著 (大日本絵画)
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